なんか元気がなくない?とゲンに声をかけられたのは、日が落ちてすぐのことだった。
顔には出てないつもりだったのに。伊達にメンタリストを名乗ってはいない、ということだろうか。

「ちょっとね。でもそんなすごい話とかじゃないし、くだらないことだから」
「くだらねぇかどうかは俺が決める……なーんてね、千空ちゃんぽいでしょ?今の」
「ぽいも何も声までそっくりでしたけど」

そこ座ろうよと促されるまま地面に腰を下ろして、ゲンも私のすぐ隣に座り込んだ。
彼はそのまま私が口を開くのを待っている。きっと、本題を言っても言わなくても、しばらくは相手をしてくれるのだろう。

「石像を、見かけて」
「……知り合い?」
「元カレ」
「えっ」
「に、似た人。たぶん」

今朝、歩いていた時に偶然見かけた石像の顔が、以前付き合っていた人にそっくりだった。あんまりそっくりだったので、思わず踵を返して逃げ出してしまったくらいだ。
正直、本人なのか別人なのか確認する余裕もなかった。

「感動の再会って雰囲気でもなさそーね」
「……もう二度と会わないって思ってたから」

良いことも悪いこともあったけれど、どんな出来事をひっくるめて思い返してみても、まともなお付き合いとは言えなかった。それに気付いたのは別れてからだった。

「意外だった?」

個人的な話なんてあまりしてこなかったし、私だって石化する前のみんながどんな人間関係を築いてたかなんて、ほとんど知らない。
ゲンはというと「そういうんじゃないけど」なんて言いながらどこか遠くを見るような目をして夜の闇を見据えていた。

「浮気されまくってさ」

ゲンから聞かれる前に言ってしまった。
一度や二度では済まないくらい、彼には裏切られた。でも暫く経つと彼は私のもとに戻ってきて「君しかいない」と言うものだから。結果的に信じてしまった私がバカだった。
どこにでもあるようなくだらない話だ。
あの石像が元恋人だったとして、すぐに復活させて会いたいだとかましてやヨリを戻すだなんて全然想像できない。
仮にも昔好きだった男に対して、である。

「私たちが毎日あくせく働いてるのは全人類を復活させるためなのにね」

立派な志のもとに集いながら、自分という人間は案外薄情で酷いヤツなのだと思い知らされてしまったというオチだ。
ゲンから声をかけてくれたとはいえ、どうにもならない話を一方的にしてしまったし、彼に対して答えを求めている訳でもない。

「聞いてくれてありがと。私寝たら忘れるタイプだから、大丈夫……」

立ち上がろうとすると、手首を掴まれた。

「嘘はダメ。そう簡単に忘れるなんてリームーでしょ」

ゲンの口調も、手の力も、思ったより強い。

「名前ちゃん忘れるって言いながらまた行くよね、その石像の顔を確かめに。だって怖いでしょ、分かんないままなんて」

ゲンの言うとおりだった。
あの石像が彼なのか彼じゃないのか分からないま、影のような存在に囚われてしまうのが、何より恐ろしかった。
立ち止まることは許されないのだ。たとえ私がどんなに酷い人間だったとしても、いま動ける人類のうちの一人である限りは。

「良いんじゃない?今くらいは。こんな状況、後から考えなきゃいけないことばっかりなんだし。自分だけを悪者にする必要なんかひとつもない。でもね、」

彼に触れられているところが熱い。私が熱いのか、ゲンが熱いのかもよく分からない。動くことも喋ることもできなかった。

「名前ちゃんがどうしても行きたいなら、その時は俺も連れてってよ」

そう言い切ると、ゲンはやっと私の手を解放してくれた。
彼が触れていたところに夜風が当たると思った以上に冷えて、覆わずにはいられない。

「……優しーね。私の個人的な問題なのに」
「ジーマーで言ってる?俺はいつだって、俺の都合良いように動いてるだけだよ」
「その言い方なんか気になるんだけど」

ゲンの顔を覗き込んでも、意味深な笑顔でかわされてしまう。これ以上私の悩みを増やさないで欲しい。
いつも嘘つきなんて言われているけど、今夜の彼は、私が頼めばついてくるような気がした。
あの石像が本当にかつての恋人だったとしたら、私とゲンはどうするだろう。

「将来さ、もし元カレと話すことがあったとしたら、文句の一つや二つは言ってやっても良いのかもね」
「それだけで収まっちゃう?優しすぎない?」
「優しくないよ。泣かせちゃうかも」
「ドイヒ〜、でも修羅場はちょっと見てみたいかも……なんてね」
「えー趣味悪いなゲンは……」

考えてみたところで、どんな人間がそこにいようと私たちの答えは決まってる。

「大丈夫だよ、その時は俺も参加しちゃうから」

なにせ私は酷い女で、ゲンは自分の都合だけで動く男なのだから。



2020.8.23 その二人、共謀罪につき


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